第一話 生のナマハゲと触れ合った、なまはげ柴灯まつり
記録的な暖冬だった今冬。
特に男鹿半島のある東北地方日本海側の降雪量は、仙台管区気象台の観測統計始まって以来の最少量を記録した。平均気温のほうは平年よりも1.8度も高く、こちらは最高値を記録。いつもなら路上は雪に覆われているはずの秋田も、1月の終わりまでアスファルトの路面が見えていたとか。
2月7日(金)から9日(日)までの3日間開催された「第57回 なまはげ柴灯(せど)まつり」を目的に、秋田県の男鹿半島を訪れた。
待ちに待った寒冷前線の到来により、祭り当日は小雪がちらつき(そしてところにより吹雪)「みちのく五大雪まつり」らしい風情となった。
ナマハゲ行事は、本来、大晦日の夜に各集落で行われるものだが、この祭りではユネスコ無形文化遺産の来訪神:仮面・仮装の神々に登録された「男鹿のナマハゲ」を間近で見られることから、県内のほか全国から大勢のナマハゲファンが押し寄せる。
カメラを持ったファンは駅に到着するやいなや、まるでお気に入りのアイドルに会ったかのような勢いで市役所職員が扮するなんちゃってナマハゲに近づき、記念撮影を迫る。
ふだんはシャイなはずの職員も、ひとたび仮面をつければ別の人。「うぉー」と脅かしにかかってくるが、その姿はなんだか愛らしいゆるキャラのよう。おかしいな、テレビのニュースで見たことのあるナマハゲは、とても恐ろしいものだったはずなのに。
会場の真山神社は、半島の北側、北浦真山(しんざん)地区にあり、南側に位置する駅からは臨時バスで40分ほど走ったところにある。道中、ひと山越えたため、あっという間に陽が沈んだ。ほのかな街灯に照らされた、雪の白さを道しるべにバスは男鹿半島を縦断する。
バス停から真山神社までは、提灯のともしびを頼りにゆっくりと上がっていく。
18時。境内に焚き上げられた柴灯火が大きな炎をあげはじめると、広場入口にある大釜の周囲にあっという間に観客が集まった。神官や巫女による神楽「湯の舞」奉納の始まりだ。
足場の組まれた有料観覧スペースの上段から見渡せば、各所でイベントが仕込まれているのがよくわかる。慣れた人たちはお目当てのプログラムの一番見えやすい場所に陣取っている。
「鎮釜祭・湯の舞」ののち、「なまはげ入魂」の儀式が始まった。
参道入口の階段に勢ぞろいするのは、ケデ(稲わらで編んだ蓑)をまとった地域の若者15人。これから、神(しん)の入った面を授かり、ナマハゲに化身する。
ここ真山地区の大晦日の夜は、"お山"からナマハゲが降りてくるとされている。怖い鬼のような顔で悪霊や厄災を祓い、各家庭に福をもたらしにやってくるのだ。
入魂の儀式の後、ナマハゲがいったん山に戻ったと同時に、神楽殿では大晦日の行事の再現が始まった。
実際に家庭ではどんなことが起きるのかと興味津々で見ていたら、いきなり子どもを脅かしてさらっていくのではなく、玄関口で先立ち(案内人)がお伺いを立ててから家に上がった。実は、ナマハゲは礼儀正しいのだ。
家の主人や子どもたちと対面して問答が始まると、「最近の調子はどうだ?」「子どもたちは、宿題はちゃんとやっているか? 」などナマハゲは親戚のおばちゃんのように気遣いの言葉をかける。対して主人の返答も慣れたもので、男鹿の方言も手伝ってかコントを聞いているかのようにユーモラスだ。
子どもたちにお酌をしてもらったナマハゲは、ゴキゲンになったかと思ったら最後にはお約束のように暴れ。子どもたちを半泣きにさせて「まだ来るからな!」と帰っていった。待ってました! これぞ既視感のある安定のツンデレっぷり!
多くのナマハゲは片手に包丁、片手に手桶を持っている。
ナマハゲの語源は、「ナモミ」という囲炉裏端で長く火に当たっているとできる火だこをはぎにくることから由来しており、ナモミができるということは何もしない怠け者ということだ。だから、ナマハゲは片手に包丁を持って火だこをはぎにくる。で、はいだ火だこは手桶に入れられるというわけだ。
境内のあちこちで拍手が起こる。20分単位で境内を右へ左へと移動していると、山の上から「うぉー、うぉー」と叫び声が聞こえてきた。同時に、「泣ぐ子はいねがー、親のいうごど聞がね子はいねがー」とスピーカーから大音量のナマハゲの雄叫びが轟く。
メインイベント、「なまはげ下山」の始まりだ。
松明をもった15匹のナマハゲが山から降りてくる。奇声をあげる彼らが雪上を行進する様子は、鬼気迫るものがある。私が子どもなら、怖くて帰りたいくらい。観客は、固唾を飲んで、ナマハゲを待つ。
里に降りたナマハゲは、柴灯火の周囲を練り歩く。
神官の捧げた柴灯火で焼いた大きな護摩餅をナマハゲに献上する「献餅」の儀式が始まったらしい。餅には神の力が宿っているので、ナマハゲは容易に触れることができない。しばらく歩き回ったままだ。
そんなナマハゲのあとについていく子どもたちは、時折しゃがみ、何やら拾っている。
ナマハゲが身につけているケデから落ちた藁は、家に飾ったり身につけておいたりすると一年が安泰に過ごせるのだそうだ。
見渡すと、雪面にはゴミひとつ落ちていない。いつもこれくらいゴミ拾いができていると、ナマハゲも褒めてくれるというものだろう。
こちらも少しでも授かりたいとばかりに、かすかに落ちていた"藁がす"のようなものをつまんでポケットに忍ばせた。ご利益がありますように。
大きな護摩餅を手にしたナマハゲは、お山におわす神様のもとに帰っていったが、しばらく経ってから切り分けた護摩餅を観客に配るために戻ってきた。
この餅は、災難除去のお守りとしてのご利益があるとかでこれもまた、あっという間になくなってしまう。
終了までの間、観客はお目当てのナマハゲを目指して撮影に向かう。
肉感的な彫りのもの、まるで子どもの工作のようなプリミティブなもの、コミックマンガのキャラクターのようなもの、いろいろある。こんなことを書くと地元の方に怒られそうだが、"推し面"を見つけて毎年ウォッチしていくというのも旅人のナマハゲの楽しみ方としては、ありではないかと思う。
なまはげ柴灯まつり ダイジェスト
【番外編】お土産は、子どもたちの手作りパンフレット
「ナマハゲの里」といわれる北浦地区にある北陽小学校では、毎年、なまはげ柴灯まつりに向けて3年生が「なまはげパンフレット」を作成している。16ページにまとめられた内容は、伝説に始まって由来、目的などから、ナマハゲが発する言葉や四股を踏む意味、年代別にインタビューしたエピソードなど、きめ細やかかつ簡潔にナマハゲがわかるように書かれている。中には小学校での1年間の悪さをすべてバラされた人やテーブルの下に隠れていたら、テーブルをひっくり返されたなどトラウマになりそうなエピソードもあり、読み応えバツグン! 祭り会場で、児童たちが配布していたのも可愛かったな。ナマハゲのしおりつき。