第三話 日本海ならではの、海の幸を活かす

冬の男鹿半島を旅するなら、やはり海の幸が食べたい。
男鹿半島の海は、周囲には日本海北部最大の藻場があり、生物多様性に富んでいる。秋田音頭に「秋田名物 八森ハタハタ 男鹿で男鹿ブリコ」という一節があるが、初冬に雷鳴とともに男鹿・北浦海岸に産卵に押し寄せる「季節ハタハタ」は、成熟したブリコが絶品で男鹿ならではの旬の味だ。
私が訪れた2月頭は、すっかりブリコが終わっているタイミングではあったが、それ以外にもマダラ、ズワイガニ、ブリなど冬の味覚としてかなり魅力的な魚介類が食べられるから問題はない。なんといっても冬に獲れる魚は、寒さに備えて脂をたっぷり蓄えている。冷たい海のなかで揉まれ、身も締まっている。冬の男鹿半島は、海の幸目当てで訪れるべき場所でもあるのだ。

「男鹿で魚を食べるなら、絶対、番屋に行くべき!」
秋田在住の友人に勧められ、男鹿半島のかなり先端にある戸賀港にある漁師飯で評判の「綱元番屋」を訪れた。

男鹿半島の西北端に位置する戸賀湾。火山の火口に海が侵食した成り立ちから、海が穏やか。北前船の時代に"風待ち港"として利用されていた歴史があり、現代は、その穏やかな湾の特性を活かして湾内ではヒラメやワカメ、クロソイが養殖されている。

「どうぞ〜、いらっしゃい」
にっこりと笑顔で出迎えてくれたのは、"戸賀浜のかあちゃん"代表のえみちゃんこと、飯沢栄美さん。
戸賀港前にある「網元番屋」は、男鹿漁協女性部部戸賀支部の有志で開いたお店で、毎日魚をさばいてン10年、ベテランかあちゃんによる魚の目利きと扱いで旬の魚料理を定食スタイルで提供している。

ほかほかの湯気がいっぱいに立ち込める厨房内。かあちゃんたちには無駄な動きなし。
店内はかあちゃんたちの家が所有する大漁旗や浮き玉、写真などが飾られ、漁師の詰所である「番屋」の雰囲気そのもの。

大きなお椀にたっぷりタラの身が入った「タラ汁定食」は、冬の人気メニューだ。
「タラ、いっぱい食べさせたかったけど、しばらく時化ていたでしょう?」
と申し訳なさそうにするえみちゃん。いやいや、ボリュームは次の写真の通り。女性ひとりの胃袋では食べきれないかも、とかえって心配に。

先ずはあつあつの汁を一口すする。寒さでこわばった頬がゆるみ、思わずにんまりしてしまった。マダラの身やダダミ(白子)は口に入れると、絹豆腐のようにほろりと溶ける。汁にメカブのとろみがからみ、喉越し良くするすると入っていく。ほんのり香るくらいのしょっつる(ハタハタの魚醤)使いは上品で、生姜汁と酒粕のコクが合まって荒々しい漁師汁とは一線を画していた。

2月限定のタラ汁定食。タラ汁のほか、鮭の陶板焼き、タラの卵を使った小鉢、加工品として販売もしている鮭スモーク、鮭の中骨くん、ハタハタ寿司のほか、色よく叩いた粘りのあるジバサ(ホンダワラ科の海藻)も。価格は2020年3月現在で税込1500円。。

あまりのおいしさにあっという間にご飯茶碗の底が見えてしまう。そんな様子を察してか、「ごはんのお代わりしてくださいね。私、待機しています」とえみちゃんが声をかけてくれた。かあちゃんの優しい心づかいが、冷えた体に染み入るように温かい。

10年前に漁協の女性部が発足したことをきっかけに、かあちゃんたちは加工品づくりと食事の提供を始めた。ずっと漁に関わってきたから地魚の扱いは熟知している。
「魚はすべて男鹿の天然もの。野菜、調味料も地場産を使っています」。
そのときに手に入るものを男鹿の家庭の味にして出すことを心がけているとえみちゃんは話す。例えば、秋は男鹿に戻って来る秋鮭を使った鮭イクラ丼、初冬はハタハタ汁、春はサクラダイの煮付け、ワカメなど、男鹿の海の豊かさを感じられる"家庭の味"だ。
それにしても贅沢な家庭の味。毎シーズン足を運ぶ人がいるというのもうなづける。
夏は、フライに煮魚にお刺身の盛り合わせがひとつのトレーの上に乗るという。いったい何種類の魚が盛られるのだろう?

恵比須丸の大漁旗の前で。左から大漁旗の持ち主のみやちゃん、みいちゃん、えみちゃん。「何回も来てくれる人もいるよ。嬉しいねえ」

タラ汁があまりにもおいしかったので、少しでも自宅で再現できないかと香りと旨味のかくし味、「しょっつる」を求めに船川港そばの諸井醸造にやって来た。
秋田の魚醤「しょっつる」は、醤油が高価だった時代に漁師の家庭でつくられていたものだが、漁獲量が減少した今、高級魚となったハタハタを塩に漬け、3年間も寝かせて発酵熟成を待つ自然の発酵調味料、諸井醸造の「秋田しょっつる」は、高級品である。

諸井醸造では、タイやエビでつくった魚醤も開発。それぞれ魚介の個性が溢れる香りと旨味で料理の仕上げに使いやすい。 「秋田しょっつるハタハタ100%」と男鹿の魚醤三昧(鯛、海老)各1本税込756円(120ml)。

「ほんの数滴で料理の味が変わりますから」と話すのは、「諸井醸造」の諸井秀樹さん。しょっつるの可能性を探り、暮らしに取り入れやすいようレシピも提案している。
使い方はとても簡単。鍋に昆布の切れ端と酒、水を入れ、しょっつるをほんの少したらすだけで「しょっつる鍋」となる。家庭にしょっつるが1本あれば、香り、塩分、旨味など味の決め手にもなり、何かと頼れる存在になるだろう。ちなみに、私はカレーの隠し味に入れている。発酵の香りとコクがスパイスにうまく溶け合ってくれるのだ。
自然の摂理にしたがってつくられた「秋田しょっつる」は、臭みがなく、まろやか。透明感のある澄んだ琥珀色のなかにハタハタのエキスが詰まっている。男鹿に行ったらぜひ求めたい1本だ。

ハタハタと天日塩のみを使った伝統的な製法のしょっつるを復活させた諸井醸造の諸井秀樹さん。「土地の自然に委ね、3年かけて熟成させます」

すっかりハタハタづいたので、「道の駅おが オガーレ」に郷土料理のハタハタ寿司を探しに行った。
寿司といえば江戸前寿司のような生の魚が酢飯の上に乗っているものを想像しやすいが、こちらは、米と麹と一緒に漬けて乳酸発酵させた"飯寿司(いずし)"といわれる発酵食品。保存食でお土産にもできるので、せっかくなので食べ比べてみることにした。
パッケージの好みで選んだ4種類を日本酒の肴に、少しずつ食べてみる。食感、風味など生産者によってまるで違う。材料は少しずつ異なっているようだが、こんなにも? というくらい味は異なっていた。

見かけはさほど変わらないが、味はずいぶんと異なる。麹がなめらかでさっぱりとしているもの、独特の香りがあるもの、酸味がなく子どもでも食べやすそうなもの、甘みの強いもの、添加物の種類が異なるものなど、さまざまだ。
ハタハタ寿司を購入した道の駅おが オガーレには、話題の秋田犬「つばき」がいる。つばきは、毎週水・土・日の10:00から約15分間、「秋田犬ふれあい処」でボール遊びなどをしているので、スケジュールに合わせていくか、運がよければお散歩中のつばきに会えるかも!

工藤幸子さんは、毎年1月に開催される「ありそうでなかったハタハタ寿司グランプリ」実行員会代表だ。結婚してから男鹿に住み始めた工藤さんは、お正月のご馳走として周囲がハタハタ寿司を漬けているのを見て、興味を持ったという。
「周囲の先輩方から、これ食ってみれーともらったりするようになり、家庭によってずいぶん味が異なることを知りました」。工藤さん自身も、自身も8年ほど前から漬けるようになったとか。
「人によって血抜きの仕方が異なります。発酵食品なので、家にある菌とか、室温とか発酵具合とかで同じように仕込んだものでもずいぶんと変わるんですよ。面白いですよね」。

奈良県出身、工藤幸子さんのハタハタ寿司。利き寿司をたくさんしているだけあって、生感のあるハタハタに酸とまろやかさが程よく利いた絶妙な味!伝統的な材料にならい、ふのりも入る。

ハタハタ寿司のつくり方は、洗い、血抜き、塩漬け、本漬けと作業を始めてから食べられるようになるまで1ヶ月以上かかる……結構面倒だ。手間がかかることから最近は若い人がつくらなくなってきていると工藤さんは憂う。季節ハタハタが水揚げされる11月末から12月中旬にかけて仕込むのだそうだが、先に触れた「網元番屋」のかあちゃんたちは、50キログラムを一気に仕込むというのだからかなりの重労働になる。
ハタハタ漁の時期は、夜通しでハタハタを選別するそうだ。まるで祭りのような騒ぎだと工藤さんは話してくれたが、ここ数年はハタハタがあまりとれてないから選別の手伝いに行けていないのよね、とちょっと寂しそうだった。

海岸線には厚い波が押し寄せ、独特の荒々しい地形をつくりあげていた。

冬の男鹿半島の海は、時化ることが多い。荒波が水中をかき回して水温を下げることで、深海にいるハタハタを浅瀬の藻場に産卵へと向かわせる。雷鳴と稲妻とともにやってくるハタハタ漁は時化のなかで行われるため、命がけの仕事になるが、それから1年間の男鹿の人々の暮らしを支えていく。

ハタハタの漢字は魚へんに神で「鰰」と書く。
この冬、海からやってくる神の魚"ハタハタ"をはじめとする魚介類、山から降りてきた神の使い"ナマハゲ"との邂逅を旅のよすがに、銀世界に包まれた男鹿半島でのひとときを堪能した。

出会ったみなさんの温かな交流に感謝をして、また別の季節にも訪れてみたいと思う。
「まだ来るからな!」(ナマハゲ風に)

男鹿のおみやげ。ガチャガチャの缶バッジもナマハゲさん。

【番外編】石焼は野趣あふれる男鹿の魚介料理

男鹿半島に魚介類を食べに行くなら、ぜひ漁師の郷土料理「石焼料理」も体験してほしい。食べてほしいの前に"体験して"と書くのは、この映像の通り、非常にダイナミックな料理だから。豪快な漁師料理を見せてくれたのは、観光客も食べられるようにと40年前に最初に石焼を始めた「男鹿ホテル」の斉藤均さん。秋田杉でつくった桶のなかに水をはり、マダイ、メバル、クロソイなどの白身魚を入れ、800℃に熱した石を数回に分けて入れて出汁をとっていく。お湯の動きを見ながら石を足し、温度をあげて、アクが出きったら味噌を入れて出来上がり。男鹿ホテルでは「磯焼き」という。お湯で魚を包むように仕上げているため、身崩れのないふんわりとした魚を出汁とともに味わえる。

男鹿ホテル

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